この記事の結論:まずは「最低限の8項目」を数ページにまとめる
取引先や金融機関から「サステナビリティ情報を開示してほしい」と求められたとき、いきなり上場企業のような分厚い統合報告書を作る必要は、通常ありません。多くの中小企業にとって現実的なのは、自社の方針・体制・数値・取り組みを、数ページ程度の簡潔な資料やWebページにまとめることです。
この記事では、公的機関が公表しているガイドラインの考え方を骨組みにして、中小企業が最低限押さえたい8つの開示項目と、作成の進め方、公開前の確認ポイントを解説します。
サステナビリティ報告書・統合報告書・環境報告書の違い
似た名称の資料が多く、担当者が最初につまずくのが「どれを作ればよいのか」という点です。まず、それぞれの位置づけを整理します。
3つの報告書の整理
- 環境報告書:温室効果ガス、エネルギー、水、廃棄物など、環境面の方針・取り組み・実績をまとめた報告書です。
- サステナビリティ報告書:環境に加えて、人材、安全衛生、地域社会、ガバナンスなど社会・経営面の取り組みも含めて報告する資料です。
- 統合報告書:財務情報と非財務情報を関連づけ、企業が中長期でどのように価値を生み出すかを投資家などに伝える報告書です。主に上場企業が作成しています。
名称や厳密な定義は発行主体によって異なります。大切なのは名称ではなく、「読み手が知りたい情報が、根拠とともに整理されているか」です。
中小企業が最初に目指すのはどれか
取引先や金融機関が求めているのは、多くの場合、統合報告書のような価値創造ストーリーではなく、取り組みの実態を確認できる情報です。したがって中小企業は、環境報告書またはサステナビリティ報告書の簡易版にあたる資料から始めるのが現実的です。自社の事業が拡大し、投資家や採用市場に向けた発信が必要になった段階で、統合報告書的な構成に発展させればかまいません。
なぜ中小企業にも開示が求められるのか
金融庁は、有価証券報告書に「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載欄を新設しています。内閣府令の改正は令和5年1月31日に公布・施行され、2023年3月期決算の企業から適用が始まりました。また、従業員の状況の欄では、女性管理職比率、男性育児休業取得率、男女間賃金格差といった多様性に関する指標の開示も求められています。
この制度の直接の対象は、有価証券報告書を提出する企業です。ただし、そうした企業がサプライチェーン全体の状況を把握しようとするとき、取引先である中小企業にも情報提供の依頼が届くことがあります。制度が中小企業に直接義務を課しているわけではなくても、取引関係を通じて開示の期待が間接的に高まっている、というのが実情です。
環境省は脱炭素ポータルで、中小規模事業者向けに「脱炭素経営」のメリットや取組方法を紹介しています。また、グリーン・バリューチェーン・プラットフォームでは、脱炭素経営の基礎知識、排出量の算定、削減の取り組み、事例などが整理されています。こうした公的な情報が整備されていることも、中小企業に取り組みを促す背景のひとつです。
開示項目の骨組み:環境報告ガイドライン2018年版を使う
何を書くかを一から考えると、項目の抜け漏れが起きやすくなります。そこで、公的に公表されている枠組みを骨組みとして借りるのが効率的です。環境省は2018年6月29日に「環境報告ガイドライン2018年版」を公表しました。これは2012年版の改定版です。
ガイドラインの特徴
環境省のページによると、このガイドラインは、企業の事業活動による環境負荷の低減状況の公表にとどまらず、経営戦略の中でどのように環境課題に取り組むかという将来志向的な報告を求めています。また、改定のポイントとして、中規模以下の事業者の利用を想定したコンパクトな構成であることが挙げられています。
さらに環境省は2019年4月12日に、「環境報告のための解説書」を公表しました。解説書は、手順や書き方、開示例をまとめた「本文」、難解な事項を解説する「詳細解説」、主な環境課題と実績評価指標を例示する「参考資料」の3つで構成されています。
ガイドラインの章立て
ガイドラインの章立ては、おおむね次のとおりです。
- 第1章 環境報告の基礎情報:報告にあたっての基本的要件、主な実績評価指標の推移
- 第2章 環境報告の記載事項:経営責任者のコミットメント、ガバナンス、ステークホルダーエンゲージメントの状況、リスクマネジメント、ビジネスモデル、バリューチェーンマネジメント、長期ビジョン、戦略、重要な環境課題の特定方法、事業者の重要な環境課題
参考資料には、気候変動、水資源、生物多様性、資源循環、化学物質、汚染予防といった環境課題と、その実績評価指標が例示されています。なお、章立ての詳細は改訂されることがあるため、作成時には環境省のページで最新の資料を確認してください。
中小企業が最低限押さえたい8つの開示項目
ガイドラインの項目をそのまま全部埋めようとすると、中小企業には負担が大きくなります。以下は、ガイドラインの構成を参考に、中小企業向けに絞り込んだ当サイトの整理案です。法令で定められた必須項目ではなく、取引先や金融機関への説明に最低限必要と考えられる内容として提案するものです。
1. 基本情報(報告の範囲と期間)
会社名、事業内容、従業員数、拠点、そして「いつからいつまでの、どの拠点・事業を対象にした情報か」を明記します。ガイドラインでも、報告にあたっての基本的要件が第1章に置かれています。範囲と期間が曖昧だと、数値を読み手が比較できません。
2. 経営者のメッセージと基本方針
経営者がサステナビリティ、環境、人材などにどう向き合うかを短く示します。長文である必要はありません。数行でも、経営者自身の言葉で書かれていることが信頼につながります。
3. 推進体制(ガバナンス)
誰が責任者で、どの部署や会議体が担当し、どのくらいの頻度で進捗を確認しているかを書きます。小規模な会社であれば「社長を責任者とし、総務担当者が実務を担い、月1回の会議で進捗を共有する」程度の記述で十分です。
4. 重要課題(マテリアリティ)
自社の事業にとって重要な課題を絞って示します。たとえば製造業ならエネルギー使用と廃棄物、サービス業なら人材の確保と育成、といった具合です。重要課題は一度決めたら終わりではなく、事業環境の変化に合わせて定期的に見直すことが望ましいとされています。ガイドラインにも「重要な環境課題の特定方法」が項目として含まれています。
5. 目標とKPI
重要課題ごとに、数値で測れる目標を設定します。たとえば「年間の電力使用量を前年度比で減らす」「有給休暇の取得状況を把握する」などです。実現可能性を超えた目標を掲げると、後から説明に苦労します。まず自社で確実に測れる指標から始めてください。
6. 実績データ(数年分の推移)
電力・ガス・燃料の使用量、CO2排出量、廃棄物量、従業員数、離職率など、自社で把握できる数値を示します。ガイドラインでも「主な実績評価指標の推移」が基礎情報とされています。可能であれば、複数年分を並べて推移が分かるようにします。
CO2排出量を示す場合は、どの範囲を算定したのかを明記します。環境省の脱炭素ポータルでは、スコープ1を「事業者自らによる温室効果ガスの直接排出(燃料の燃焼、工業プロセス)」、スコープ2を「他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出」、スコープ3を「スコープ1、スコープ2以外の間接排出(事業者の活動に関連する他社の排出)」と整理しています。最初はスコープ1・2から開示し、スコープ3は取引先からの要請や自社の状況に応じて段階的に広げる、という進め方が考えられます。
7. 主な取り組みの内容
目標に対して、具体的に何をしているかを書きます。設備の更新、省エネ活動、再生可能エネルギーの導入、安全衛生の取り組み、地域活動などです。実績データだけでは「なぜその数値になったか」が伝わらないため、取り組みとセットで示します。
8. 算定方法・データの範囲・問い合わせ先
数値の算定方法、使用した排出係数の出典、対象範囲、集計できていない部分などを注記します。そして問い合わせ先を書きます。算定の限界を正直に書くことは、数値への信頼を高めます。
作成の進め方:5つのステップ
8項目を実際の資料にするための、現実的な手順です。
ステップ1:誰に何のために出すのかを決める
取引先からの個別の依頼に答えるのか、金融機関との面談資料にするのか、Webサイトで広く公開するのかによって、必要な内容と粒度は変わります。最初に依頼元の質問票や要望を確認し、求められている項目を洗い出してください。
ステップ2:社内にあるデータを集める
新しく調査をする前に、すでに手元にある情報を集めます。電気・ガス・ガソリンの請求書や検針票、廃棄物の管理票、従業員名簿、労務管理の記録などが該当します。データが足りない項目は、今後どう把握するかを計画に書けば、それ自体が開示になります。
ステップ3:8項目の下書きを作る
上記の8項目に沿って、A4で数ページ程度の下書きを作ります。完成度は最初から求めず、空欄が残る項目は「今後把握する予定」と明記して構いません。
ステップ4:根拠と整合性を確認する
数値の元データ、算定の前提、本文中の記述に矛盾がないかを確認します。実際に行っていないことを書く、数値の根拠が示せない、といった状態は避けてください。取引先や金融機関は、記載内容と実態の食い違いを重く見ます。
ステップ5:公開し、毎年更新する
公開後は、年に一度を目安に更新します。毎年の更新で数値の推移が蓄積し、報告書の価値が高まります。更新の担当者と時期をあらかじめ決めておくと、担当者が変わっても続けられます。
公的な制度を活用する選択肢
エコアクション21とその追補版
エコアクション21は、環境省が定めた環境経営システムに関する第三者認証・登録制度で、中小事業者を含む幅広い事業者が取り組んでいます。環境経営システムの運用に加え、環境活動レポートの作成・公表が特徴のひとつです。環境活動レポートは、取引先などに自社の取り組みを伝えるツールとしても使えるため、報告書づくりの型として参考になります。
環境省は2025年10月17日に、「エコアクション21ガイドライン 追補版~エコアクション21アドバンスト~」を策定したと公表しました。環境省の発表によると、パリ協定の採択やESG投資の拡大などを背景に、中小事業者にもGHGプロトコルに準拠した対応や情報開示が求められるようになってきたことが、策定の背景です。対象は、GHGプロトコルに基づく対応が必要な中小事業者が主で、令和8年度の運用開始を目指すとされていました。実際の運用状況や申請条件は変わる可能性があるため、利用を検討する場合は最新の案内を確認してください。
グリーン・バリューチェーン・プラットフォームの活用
環境省・経済産業省・農林水産省が共同で運営するグリーン・バリューチェーン・プラットフォームには、脱炭素経営の取り組みレベルを7つの質問で診断する機能や、排出原単位のデータベースなどがあります。報告書に載せる数値の算定や、自社の現在地の把握に役立ちます。
よくある失敗と対策
- 実態より良く見せようとする:実施していない取り組みを書くと、取引先の監査や確認で食い違いが露見し、信頼を損ないます。できていない点は「今後の課題」として書くほうが評価されやすくなります。
- 数値の範囲や期間が不明確:どの拠点・期間のデータかが分からないと、数値は参考になりません。基本情報と注記で必ず明示してください。
- 一度作って終わりにする:更新されない報告書は、取り組みが止まっている印象を与えます。毎年の更新計画を最初から立てましょう。
- 担当者個人に依存する:データの保管場所、算定方法、確認者を文書化し、担当者が交代しても作成できる状態にします。
よくある質問
Q1. 中小企業でも統合報告書を作るべきですか。
多くの場合、最初から統合報告書を作る必要はありません。取引先や金融機関が求めているのは、取り組みの実態と数値を確認できる情報です。まずは本記事の8項目を数ページにまとめた資料から始め、必要に応じて発展させるのが現実的です。
Q2. 開示に法的な義務はありますか。
金融庁が新設したサステナビリティ情報の記載欄は、有価証券報告書を提出する企業が対象です。中小企業が一般にこの記載を直接求められるわけではありません。ただし、取引先や金融機関から個別に情報提供を依頼される場合があります。自社が個別の法令や契約上の義務の対象となるかは、所管官庁や専門家に確認してください。
Q3. 数値が十分に集まっていなくても公開してよいですか。
公開できます。把握できている範囲と、把握できていない範囲を明記し、今後の取得計画を示してください。範囲を正直に示すほうが、誤解を招く記載よりも信頼されます。
Q4. 作成にあたり、まず何を読めばよいですか。
環境省の環境報告ガイドライン2018年版と、「環境報告のための解説書」が出発点になります。CO2排出量の算定については、環境省の脱炭素ポータルとグリーン・バリューチェーン・プラットフォームが参考になります。
注意書き
本記事は、2026年10月時点で確認できた公的機関の公表情報をもとに作成した一般的な解説です。8つの開示項目は、環境省のガイドラインの構成を参考にした当サイトの整理案であり、法令や特定のガイドラインが中小企業に定めた必須項目ではありません。制度や運用は改訂される可能性があるため、実際の作成や公開にあたっては、最新の公式情報と、取引先・金融機関の個別の要請内容をご確認ください。